仙台・話題の現場を見に行こう!
 変化の激しい最近の仙台で、話題になっている場所やマスコミで報道された現場を実際に行ってレポートします。

REPORT.22
壱弐参(いろは)横丁の再開発
撮影2008年5月下旬
 
サンモール一番町に、庶民的な横丁、壱弐参(いろは)横丁があります。
南北ふたつの横丁が、アーケードから東二番丁小学校裏まで続いています。



 
一番町アーケード側の出入口は綺麗に装飾されていて、
日本的で古風な雰囲気を醸し出しています。



 
横丁の中は、擦れ違うのがやっとの細い道がずっと続いています。
両側には食堂や飲み屋などの飲食関係のお店が多く並んでいて、
会社の昼食時や仕事帰りなど、多くのサラリーマンで賑わっています。



 
途中には、南北ふたつの横丁を結ぶ脇道がいくつもあります。
入り組んでいる場所もあり、袋小路になっていたりもします。



 
いたるところに昭和的な街並みの面影を残していて、
そんな懐かしさに惹かれて訪れる人も多いようです。



 
中心部でありながら、テナント料が比較的安めということもあり、
最近は若い人たちが新しくお店を始めることも多く、個性的な店が増えています。



 
そんな壱弐参横丁に、これまで何度も再開発計画が出ては消えていきました。
地権者の数が多いことや、権利関係の複雑さが計画推進を難しくしているようです。
この横丁、元々は中央市場といい、戦後、焼け野原で露天商をしていた人たちが
集まって出来た市場が始まりです。



 
建物も、その当時建てられたものが多く、老朽化が激しくなっています。
耐震性や防災面で不安があるため、早期の建て替えが望まれていますが、
なかなか意見がまとまらず、今日まで手付かずの状態です。



 
数年前、市場に隣接するビルを東京建物が買収し、新しいビルの建設を計画しました。
そこで仙台市が壱弐参横丁との一体開発を打ち出し、調整に乗り出しました。
仙台市としては、市場の建物の耐震性が低くて危険だということと同時に、
建設中の地下鉄東西線、一番町駅前のシンボルにしたいという思いもありました。



 
東京建物も同意し、計画を一時中断して市の調整を待つことにしました。
そのため、アーケードに面した好立地でありながら駐車場のままになっています。
画面左に並んでいるのが、壱弐参横丁の建物の裏側です。



 
市長自ら会合に出席して説得するなどした結果、再開発案が賛成多数で可決されました。
しかし、その後の調査で、亡くなった組合員の遺族が正式な手続きなしに
組合員として投票していたことが判明、投票結果そのものが無効とされてしまいました。



 
そして、調整の難しさを実感した仙台市が調整を諦め、計画が白紙に戻ってしまいました。
東京建物が市場を除いた土地に独自でビルを建てるのか、
ふたたび市場との一体開発案を出すのか、現時点では不明です。



 
折りしも中国では四川大地震が発生、多数の犠牲者が出る大惨事になりました。
仙台でも地震への備えが叫ばれている昨今、建物の耐震性に関心が高まっています。



 
市場内には、外部の道路に面していない建物もあり、補強工事が難しいものもあるそうです。



 
横丁の一画には、古い井戸と思われるものも残っていました。
戦後間もない頃の面影を残している一面もあり、昭和レトロブーム的には
残しておきたい風景ではありますが、やはり安全を第一に考えて欲しいものです。



 
アーケードの反対側の入り口です。
こちらはアーケード側とは違い、ほぼ昔のままの状態になっています。



 
再開発計画は、関係者全員が納得できるものになればいいのですが、
なかなか難しいようです。この先、壱弐参(いろは)横丁は、どうなっていくのでしょうか。






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